「誰も気づかない現代の住宅づくりのフォーマット」
~プロローグ~
徒然なるまま、住宅にまつわるお話しをしていきます。
徒然と言えば、中世の文人吉田兼好の「徒然草」ですが、その一文に「家の作りやうは、夏をむねとすべし」とあります。
高温多湿な日本の気候風土に適した住まいづくりはといいうところです。その住まいづくりはというと、現代社会においては少々様相が変わってきました。これを論じる建築家や設計士は実のところ私だけかもしれません。
今の住宅の仕様は、兼好風に言うと「家の作りやうは冬をむねとすべし」なのです。これは、日本の住まいづくりの考え方が30年の時を経て知らずのうちに変化したからなのです。
建築物の設計の普遍的なコンセプトは、光を十分採りこみ、風通しがよく、周囲の環境や眺望に配慮したものが一番と考えています。しかし、実をいうとこの普遍性を合理的でない手法で私たちは設計しているのかもしれません。
住まいづくりの認識を変えるべく活動していきたい、住宅設計業界のセカンドオピニオンリーダーでありたいと常日頃感じています。
今の申請書類ありきの性能中心の住まいづくりに物申す。
~住宅の構造と合理性について~
私は、代々大工の家庭で育ちました。曽祖父は明治の時代、新潟からやって来て群馬のこの地で大工を始めたらしい。そんな環境で小さいころから身近に下小屋と呼ばれる作業小屋には材木がありあまりいい匂いとは言えない木の香りが漂っていた記憶がある。昔は住宅は木の家が相場だった。それが今ではどうだろう。見てくれは一緒でも中味骨組み(構造)は多種多様である。だが、内部の仕上げはそんなには変わらない。この構造と言われる骨組みが、住まいづくりの変遷に影響を与えてきたのである。
なんと言ってもその初めは、セキスイハウスやダイワハウスに代表される軽量鉄骨の構造のプレハブ住宅であろう。テレビに流れるCMでその認知度は日本全国に浸透していき今や住宅のシェアの過半以上はプレハブ(プレハブリケーション:前もって造るの意味)の家であろう。
たとえば間取りの考え方で、「LDK(リビングダイニングキッチン)」という概念を創ったのはセキスイハウスである。もうここで私たち設計士は何の疑問も持たずセキスイハウスに感化されていたことになる。セキスイハウスの宣伝ではないが、2年前に茨城県古河市にあるセキスイハウスの部品生産工場と集団展示場が一体になっている施設を見学した際、システマチックに造られる住宅部材・部品は車と並ぶ精密物品で昔の住宅づくりの域をはるかに超えてしまっていた、と痛感した。まさに、住宅=一般消費財である。
建築設計をやっている人間には、ここが一線を画すところで、自分の創る図面にはスピリッツを埋め込みたいところなので、その合理性の良さは分かっていても認めたくない部分はあるものです。
ここで、何が今の住宅を変えたかというと、言葉にすると、その「性能」である。自動車が競って好む言葉である。40年ほど前、祖父や父が造っていた住宅には、建て主(施主)から「性能」が求められる住宅づくりではなかった。しかし、テレビのCMを見ると興味深いことが分かる。セキスイハウスは性能性にはあまり触れずあくまで家族の絆などを前面に押すイメージ戦略である。片やダイワハウスは大物俳優を配してのコミカルなCMとなっている。一時期火災に強い「ダインコンクリート」断熱性に優れた「外張り断熱」といった性能をうたったものもあったが、あくまでソフトにその会社を刷り込む手法である。
ここで、住宅の構造について分類すると下記のようになる。
木構造:
木造在来軸組工法(住友林業・一条工務店等ハウスメーカー・工務店・大工)
枠組壁工法(2×4、ツーバイ工法)(三井ホーム等ハウスメーカー・地場ビルダー等)
木質パネル構造(ミサワホーム・ヤマダ電機エスバイエル等ハウスメーカー)
木質ラーメン構造:(住友林業・SE工法等)
鉄骨造:
軽量鉄骨造(セキスイハウス・ダイワハウス等ハウスメーカー)
重量鉄骨造(トヨタホーム・建設会社等)
ユニット構造(鉄&木):セキスイハイム
コンクリート系パネル:大成パルコン
鉄筋コンクリート造:
ラーメン構造、壁式構造(建設会社)
これをみると、住宅にも様々な構造の選択肢があることがお分かりと思います。
その中で次回は、木造のくくりの中に挙げられる、通称2×4工法(ツーバイコウホウ)と言われる、枠組壁工法が現代の住まいづくりに多大な影響を及ぼしていることをお話ししてみたいと思います。
~2×4工法がもたらした日本の住宅づくりのエポック(新しい時代)~
「枠組壁工法」馴染みのない言葉ですが、通称ツーバイフォー工法この呼び名の方が一般的になっています。この2×4工法(一般表記)は、建設省今の国土交通省によって技術基準が制定されたのが昭和49年の1974年ですからもう40年経つわけです。私が30年前専門学校の教員で講義をしたときの説明はこうです。「構造は壁で支える仕組みです。元来の木造の骨組みをマッチの軸で支えるもの、2×4工法はマッチ箱と考えたとき、どちらが、横の力(地震および風圧)が加わったとき変形が少ないでしょうか?そうです2×4工法の方が変形しないですよね」と言った具合です。そこで、地震に強い家ができるといった説明をしていました。こんなふれこみで登場したわけです。理屈はそうですが、他にもっと合理的に住まいの快適性が向上する部分がありました。それは、気密性のある家つまり断熱性を確保できる構造だったのです。
2×4工法は、もともと北米からやってきた工法で、主にアメリカ大陸の寒い地域で建てられている工法なのです。だから、日本でもとりわけ北海道あたりの極寒の地域に適した建て方なのですが、日本全国にピーアールするためには、地震国日本=耐震性が前面に出たと思われます。実際の話し高温多湿の大半の地域には、昔の在来工法の住まいづくりがベターなわけで、さらに、先の説明のマッチの軸と箱の説明において、在来軸組工法が地震に弱い説明がされているわけですが、在来軸組は筋違いという地震に抵抗する部材を入れますので、まったく無力という説明は当てはまらないわけで一方的な説明であることは言うまでもありません。
ここで整理すると、2×4工法は、①耐震性がある②気密性を確保できる③断熱性を高めることができる④耐火性がある。⑤施工性が高く工期を短縮できるといった利点を在来軸組工法より優位に立てることでした。(現在においてはそうではない)また、弱点は①間取り計画においてフレキシビリティー(融通性)に欠ける②気密性が高いので換気・通気を適切にしないとシックハウス症候群になる可能性が高い③基準となる高さ寸法が、構造用合板の製品となるため制約があり解放感の空間ができにくい。
このような特徴がある2×4工法ですが、中でも「断熱性」を高めるのに適した構造が今の住まいづくりのフォーマットとして活かされているのです。
こんなわけで、2×4工法はとりわけ気候上北海道の住宅に普及していきました。しかし、ここで問題が生じました。冬場に室内環境の向上によって外部との境界に表れるガラスの水滴に見られる結露現象が壁の中でも顕在化し、壁体内結露と呼ばれ断熱材の劣化とともに構造体に悪影響を与えるということになってしまいました。皮肉にも断熱性能の向上という室内環境の改善が家の耐久性に問題を投げかける結果となってしまったのです。これが今から25年ほど前の出来事です。そしてこれより、新たな住宅の進化が始まっていくのです。
2×4工法をモデルに開発された木質パネル工法
~住宅の一時代を築いたミサワホームの木質パネル工法~
実は、2×4工法が建設省の技術基準に制定される1974年より前にもう一つのプレハブメーカーの幕開けがあったのです。それは、ツーバイフォー住宅をモデルに開発されたミサワホームの木質パネル住宅で、日本の住宅史上画期的なものであったはずである。私が中学生のころテレビのCMで南極の昭和基地でも建てられているとの映像が記憶にある。30年前私が親方の父の元で大工をしていた頃、時を同じくして、2×4工法とミサワホームのヒット商品のO型と呼ばれた住宅を施工した。建物の仕組み・施工方法の理屈は同じである。今でもミサワホームのO型の施工マニュアルは手元においてある。30年経ったそれらの住宅は現在もある。
昭和基地で建てられたすなわち断熱性能に優れているということである。このことによって、住宅は「冬をむねとすべし作りやう(よう)」に仕様を転換していくのである。もちろん、ミサワホームはプレハブ住宅である。施工性も工期短縮、多技能職として大工にその業務をさせる。2×4工法のフレイマー(大工)としての役割だ。断熱材(グラスウール)を充鎮したパネルを工場で造って現場に搬入して組み立てるという流れである。
まさに、壁と断熱材が一体となって性能というものを住宅に与え居住性を高める手法である。O型というその当時斬新なデザインでヒットしたように見えるが、ミサワホームの開発の力による賜物であったように感じる。それは木質パネルという用語を生み出し断熱性のとともに耐震性も同時に生み出すという画期的なものであった。
さて、この木質パネル工法というミサワホームの出現は、その当時の工務店や大工の意識の中に脅威を感じてくることになったのです。以前のセキスイハウスやダイワハウスが登場した時は、構造が鉄ということで、「木」という日本の伝統的な造り用やう(よう)が負けるはずがないという余裕さえ感ずるほどで切迫感などありませんでしたが、しかし、同じ「木」という建築材料を持ってこられると、何かとその優劣を論ずることになってしまうことになりました。これは、後の2×4工法にも同じことが言えるのですが・・・
30年前にミサワホームの住宅を実際大工として造ったときの印象は、その当時振動を気にする構造らしく、1階と2階の境界(天井ふところ)を2重天井に施工していました。気密性が高い=空気がこもって振動しやすいということだったらしい。現在のミサワホームの造りはどうかというと興味がないのでわからないが・・・
~国が薦める省エネ住宅づくりの基本は断熱性能~
住宅建築における、一般的に使用されるタイプの断熱材には次のような種類があります。
A繊維系断熱材グラスウール(最安価、耐熱性、吸音性)ロックウール(安価、耐熱性、吸音性)セルロースファイバー(高価、耐熱性、調湿性、吸音性)炭化コルク(高価、耐熱性、調湿性、吸音性)羊毛断熱材(高価、調湿性、吸音性)
B発砲系断熱材ウレタンフォーム(防水性、現場発泡施工)フェノールフォーム(耐熱性)ポリスチレンフォーム(樹脂系では安価、軽量、耐水性) 建材では主に難燃剤を混ぜた素材が用いられるEPS(ビーズ法ポリスチレン) 安価。気泡の内部は空気。見た目は市販の発泡スチロールだがEPS建材は難燃剤を含んでいる。発泡ゴム(FEF) : 防水性と難燃性が卓越している。発塵しない。アウトガスがない。XPS(押し出し法ポリスチレン) 圧縮に比較的強い。断熱ガスが充填されたものもある。同様に、木造、鉄骨造の建築物においても内断熱、充填断熱、外張り断熱に区別される。
表面結露を抑えるために断熱を行うことがあるが、断熱による内外の温度差から空気中の水分が断熱材表面で内部結露しやすくなる。これを防ぐためには防湿層を断熱材より内側に丁寧に施工することが必要である。内部結露を起こしたり、水にぬれた場合の劣化を防ぐために防水加工された断熱材が使われることもある。防湿層は断熱材の暖かい側に付加するのが普通である。すなわち、暖房された家の場合は防湿層は暖かい内部と断熱材の間に入れられる。また暑い気候の地域でのエアコン付きの家では防湿層が外部にあり、その内側に断熱材がある。
私が35年前大工をしていた頃は、断熱材はA群の繊維系断熱材と呼ばれるロックウールあるいはグラスウールといったものが普通であった。そして何の知識もないままに壁に入れればいいぐらいにしか考えていなかった。大工・工務店レベルはその程度のものだった。そして、世の中の認識自体断熱材が内部結露して吸水して断熱性能が低下するなんてことは、たぶん想定外のことであったに違いない。何事もそうであるが、不具合というものがあってその事象解決のために、物は進化してゆくものである。グラスウールやロックウールについては、もう一つ防音性能および耐熱性能があるので重宝に使用されて材料である。特に耐火性については、耐火・準耐火建築物の使用については、建築基準法に明示されているぐらいであるからその役割は、断熱性能とともに重要です。
時代が進むにつれて、アルミサッシの登場、断熱材の登場といった今の住まいづくりには欠かすことのできない部品・材料は家の気密性能および断熱性能を確実に高めてきました。そして、これが現在の住まいの省エネ仕様のスタンダード化に至っています。その分岐点になる、事象が内部結露による壁の劣化現象です。確か北海道の住宅に見る内部結露の実態なるものを私もその当時雑誌で見た覚えがあります。そして、これを機に目にするようになった言葉が「外断熱」という手法です。
その特徴は、①内部結露防止には有効である。②蓄熱効果があり、室温の変動を少なくできる。③冷暖房の効果が表れるまでそれなりの時間がかかる。といった感じです。ここから、外断熱仕様にするのに適した材料が登場してくるわけです。それがB群の発砲系断熱材と呼ばれるものなのです。
まさに、壁とサッシが単なる外部の境界線という考え方からその部材そのものに「性能」という指標が与えられ、一般ユーザーの誰もが住宅を商品として対比できる1つの基準になった瞬間である。
~境界線をめぐる攻防~
外部と内部の境界線であるアルミサッシの話しをさせて頂きましたが、今回はこの内部空間の境界線なる一線について述べたいと思います。日本の住まいづくりには、建物の内部にいろいろな境界線なるものが存在しています。時にはその境界線が障害になったりして、住まいづくりはこうでなくてはならないといけない的な発想になってしまいました。そのいい例が「段差」です。日本の住まいづくりの格式の中には「段差」というしきたりが存在します。玄関には昔は式台、今は玄関框という境界線がありそこには段差が存在します。和室には床の間そして床框そこには段差があり、そこは神聖なもので足を踏み入れるところではない。といった具合です。日本の住まいづくりには合理的でないところが存在するわけで、これを行政は変な具合に施策として発してきました。いわゆる、建築的用語で「バリアフリー」なる言葉です。「バリアフリー」とは、建物の段差を取り除くなどのみを示す用語らしいのです。しかし、この「段差」こそが日本建築文化の象徴なのです。それをあえて違う次元で否定しまっているのです。
住宅の歴史的変遷は生活様式の変化によるものは、誰も疑いの目で見ることはないでしょう。しかし、どうしても変化しえないものも存在します。それは、上下足の習慣です。これは未来永劫変化しないでしょう。それが、空間領域の目に見えない境界線となってくるわけです。洋室にはドアがセットと思うのですが、バリアフリー的な発想で、車いす対応にもできるように引き戸かな。あるいは引違戸といった具合になるのですが、この引き戸・引違戸は、昔からある日本家屋にはなくてはならない部屋の分節装置であるのです。日本家屋の特徴の1つである間仕切り文化なのです。これは、西洋の文化には見られないことで、フレキシブルいわゆる融通性のある造り方なのです。ある意味「段差」も分節装置の手法にのっとったものであるのです。しかし、そこには性能たとえば音や空気の遮断はなく、プライバシーの配慮に欠けるといった評価がされています。まあそこに性能を求めること自体ナンセンスな話なのです。間仕切り文化によって日本の住宅づくりはいろいろな多目的用途で使えるのももう1つの特徴で、ここをうまく考えれば長くそこに住むことができるストック型の住宅文化が芽生えると感じています。
私自身それをテーマに提案していこうと考えるのですが、70年前に祖父が造った今住んでいるこの家にヒントがたくさん詰まっているように最近思えてきたのです。「古きをたずねて新しきを知る」が如く今まで感じなかったものがそこにはあります。次回からそれを紐解いていくことにします。
~基準寸法(モジュール)について~
家に来客が初めて訪ねて来ると、必ずと言っていいほど発する言葉は、「天井が高いですね」という言葉です。天井の高さは3mあります。今の住宅の平均的な天井高さは吹抜けでない限り2.4mから高くて2.6m程度です。これは、意図的に天井の高さを上げているのですが、使う柱の長さの違いに他ならないのです。丈三と言われる柱を使っているのです。この「丈」というのは長さの単位なのですが、丈=約3mそれ+3尺=0.9mで3.9mの柱の長さということになります。現在の材木の製品規格は昔日本が使用していた尺貫法に基づく寸法を踏襲していますので、現在の使われている柱の寸法長さは、3m・4m・6m(通し柱)となっています。ちなみに、1間という単位は、知っている人はいるのですが、丈という単位を知っている人は木造建築を仕事にしている人でもいないかもしれません。1間は距離を示す単位、1丈は長さを表す単位を示しています。
私が仕事としている、建築設計特に木造の建物は「無」から創造していく作業ではなく、「有・存在するもの」から考えていく作業なのです。つまり、そこには当然ルール約束事が存在しています。その一つが、間取りの決め方であったり、製品・材料の基準になっている寸法(モジュール)があるわけです。その寸法は、明治の時代の尺貫法をメートル法に置換されたものが、日本建築の文化の象徴として使われています。
尺貫法について、学生に説明するときに引用するものがあります。「昔話の一寸法師の身長はいくつでしょう?」・・・「答えは3.03cmです。」改めて整理すると1寸=3.03cm、1寸×10=1尺=30.3cm、1尺×6=1間(181.8cm)となります。一般的には、910mm、1820mm(建築図面ではmm表示が通則)というのが木造建築の基準寸法で、これが畳1枚分の大きさとして考えられています。
そこで、基準寸法が決まっていても、建物を造る・設計するにはもう一つ重要なことがあります。それは、どこを基点にするかということです。その基点が先で説明した柱がポイントになるのです。その方法には2つの方法があります。①柱の中心から中心までを基準にする。(芯々)②柱の内側の面から柱の内側の面(内法寸法)です。柱の太さを120×120mmとして柱間を1間とる計画とした場合、①は1820mm、②は芯々で1940mmとなり部屋が広く取れるということになるのです。昔の造りは後者(京間)が一般的だったために同じ8畳でも広くなっているのです。サッシのカタログには関東間・関西間とういう分類があります。それと、九州地方(九州間)のとある地域でも基準寸法を内法寸法で取っているところがあります。
建築材料の製品もこれに準じて作られています。現代住宅にはなくてはならない性能を備えたプラスターボード(石膏ボード)の大きさは多く使われる仕様のものは1820mm×910mmの大きさになっています。プラスターボードはクロス壁の下地材料として耐火性能を発揮するのですが、前述の標準的な天井の高さ2400mmは、1枚(1820mm)プラス1/3(607mm)というところから出てきた数字なのです。ちなみに建築基準法で定められている居室の最低の天井高は2100mmとなっています。
畳1枚分の大きさは、人体スケールものであることは想像がつくと思います。それはまさに合理的発想なのです。もちろん、3次元的な高さもこの基準寸法に準じています。敷居と鴨居の内法は5尺8寸=1760mmとしています。それが、現在ではハウスメーカーの洋風アレンジで2000mmになっています。しかし、この建具高さ2000mmを和室に持ちこむとバランスの悪い和室の造りになってしまいます。日本の寸法には合理的かつ美的感覚を兼ね備えていることを忘れてはなりません。特徴は視覚的バランスがとれている基準寸法ということになります。
~合理的なモノづくりの発想にあてはめようとする住まいづくり~
「便利にする」を出発にするモノづくりには、過程があるものである。住宅は生活を通しての要求を反映している。ライフスタイルの洋風化で和室から洋室化への転換、個々のプライバシーに重きを置く個室空間の重視といったところから始まっている。それが、今現在、安全性の観点から構造に、そして快適性・環境に立った観点から建築材料・製品・設備に対して過大な性能を求めているといっても過言ではない。私は、普段から必要以上に現代の住宅はその性能を求められているように感じるのである。
ここで、車と住宅の比較でおもしろい例を取り上げたいと思います。
それは、住宅と車の発展・発達の過程が良く似ていることです。車の進化の変遷をみると私が20代のころすなわち30年前の自家用車の売りは、そのスタイルとエンジン性能でした。ターボエンジンやツインカムエンジンといったふうにその馬力やその走りのレスポンスの良さ、さらにはスタイリッシュなフォルムのかっこよさを求めるものでした。何か昨今の住宅の売りに似ていると感じます。現在の住宅が性能と設備装備をとことん追求するような風潮と重なります。ところで、車の断熱性なんてことは誰も言いませんが、その断熱性の悪さはひどいと思いませんか?夏冬エアコンを消すとすぐに車内は熱い・寒くなってしまいます。これはガラスで覆われた車内ではどうすることもできないでしょう。車のガラスを住宅と同じようにLOW-eガラスやペアガラスしてほしいぐらいです。といったように思っても不思議ではないのにそうならないのは、省エネの目標が燃費と排ガス規制すなわちCO2の削減いう観点が主だからです。
住宅と車が求められている基本コンセプトが似ている部分と言えば、その人の生命を守る安全性・居心地よい快適性・家族のコミュ二ケーションが弾む空間性といったものです。しかし、住宅は車とその施工過程の上でその性質を異にするものがあります。たとえ間取りや外観が同じでも、それぞれ異なる環境・敷地条件の土地に定着する「一品生産品」であり、1つたりと同じクローンのたたずまいのものはないのです。本来の住まいづくりは、究極の100%満足するものを目指していないし、それを求めている人なんていないわけで、ほどほどの性能で健康かつ生命・財産と家族が幸せに過ごせる空間が確保されればよいと考えているはずです。そして、そこに「住む・過ごす」によって時とともにその雰囲気・趣きが変わって成長していくものであることを付け加えたいと思います。
「スマートハウス」(お利口さんの家)なる用語とともに商品ベースで語られる最近の住まいづくり、性能を数値化して基準を設ける行政の住宅施策・・・もっと家づくりの本質は何かということを考えてはいかがでしょうか。「便利」と「合理的」にすればするほど「自然」という言葉から不思議と遠ざかります。
~「地盤調査」確かに必要です。がしかし・・・~
最近の個人設計事務所の多くは、住宅の設計等がメインであるが、もうその位置づけは設計のみで、監理業務は蚊帳の外である。そのいい例が、瑕疵担保保険なる保障制度が出来て、地盤調査で最近は「杭が必要である。」との結果が大体10件に8件程度の確率で出てくる。この制度が施行される前にも地盤調査はしていたが、地盤改良および杭を打てなどということはなかったとは言わないが、ほぼなかった。しかし、あまりにも杭必要というのが多すぎる。最近こんなことがあった。いち部分の箇所(外周部でなく力があまりかからない内部の1地点)で地盤弱しという結果を受けたのが、これですべて杭を打てというのは納得のいかないものであった。設計監理者が杭の必要なしと言っても、保障を得るにはそれは通らない。地盤調査会社と第三者検査機関とそれを保障する保険会社が悪く言えば結託するシステムである。保障たって建物は地盤が多少軟弱でも早々傾くものではない。人間「保障が得られない」と言われれば、不安を抱くその心理をうまく突く洗脳システムの何もののでもない。保険会社が丸々儲けていることしかりである。生命保険や交通事故の確率からしても0に等しい、比べる方が無理と言うものだ。誰もこれに異議を唱える者がいないのが摩訶不思議である。これは、あくまで私個人の見解で、少数意見の1つであると受け止めて頂きたい。
住宅の地盤調査に一般的に用いられている、スウェーデン式サウンディング試験は半自動の調査方法であり、精密な調査データを採取することができない。そして、調査データの明確な解析基準がいまだ確率していないのにかかわらず、地盤調査会社は的確な判断ができるか甚だ疑問である。「杭」=安全度を高くするための過剰な改良工事という側面は否定しえない。何でこんなことを言っているかと言えば、この費用負担は、即建て主にかえるものであるからである。昨今の住宅の基礎工事については、ベタ基礎が当たり前になってきてその費用が占める割合も高く、このように根拠の薄い調査がまかり通り、「杭必要」というのはどうにも合点がいかないと思うことしきりである。
~人の生命財産を守る構造のこと~
私が高校生の頃家業の手伝いをしていた昭和40年代の後半、父が建てていた家の基礎はというと、基礎内部に鉄筋などは入っていない(鉄筋は必要でしょ)布基礎といわれる形状のものであった。コンクリートは小型ミキサーといわれる機材を使って自らコンクリートを調合し打設するというものであった。しかし、そんな40年前に建てられた家もその風雪に耐え、東日本大震災の震度6の揺れにもどうにか損傷もなく現在を迎えている。運が良いのか現在の基礎仕様からすれば、とても考えられないこれ大丈夫と思うようなものである。少なからずそこに家が建つ地盤の影響・状況が関係しているものと考えられるが、それはあくまで結果論でしかない。しかし、それってどういうことだろう?そういった意味では、地盤調査は必要と思うが、杭を打たなければならないという理由づけだけの地盤調査であってはならないということである。
基礎に材料として使われているコンクリートについて少しお話ししましょう。私の大学での卒業論文のテーマは、「コンクリートの骨材・水セメント比による劣化に関する考察」である。そのコンクリート強度については、その性質とセメント・水・骨材(砂利・砂)の調合は大切であること、たとえ住宅の基礎であっても、レディーミクストコンクリート(生コン)がその品質を左右する重要ポイントとなることは分かっています。コンクリートは、主に圧縮力を負担する材料、そして、鉄筋は引張力を負担する材料なのです。その組み合わせで「鉄筋コンクリート造(RC造)」は、地震や風圧などの外力や建物の自重・積載などの荷重を受け、圧縮力・引張力・剪断力(せんだんりょく)・曲げモーメントなどの応力に抵抗する構造体を構成しています。どこかの政党が「コンクリートから人へ」などというキャッチフレーズを作ったが、建築・土木に欠かせない主人公を悪者のイメージで使ったことに少々腹立ちさを感じたものです。それは、業界のイメージを少なからずダウンさせていると感じているのは私だけであろうか。そんな、(鉄筋)コンクリートは建築物・構造物を支える材料のまさしく主役なのです。建築基準法上にはその規定がない(いわゆる想定外)東日本大震災の大津波にも耐えて残った構造体は皆さんの目に焼き付いていると思います。
行政は大地震が起こるたびに住宅の構造仕様を変えてきました。「阪神淡路大震災」の時は、木造建築の構造仕様や安全性の基準変更を行い、木造の簡易的な構造耐力計算の追加措置として建物の四分割検討すなわち、建物の四隅の筋違バランス算定を導入して耐力壁の強化をしています。そして、基礎・土台・柱を一体化するホールダウン金物に代表される、継手および仕口の金物の仕様規定を細分し多様化させています。これらは、現在も適用され周知徹底されています。その後はさらに「瑕疵担保保証」なる保険制度を導入し、施工者の技術水準を底上げし、悪質業者の排除を目的にした業界洗浄をしてきた経緯があります。
さて、そこで改めて現代の住宅の基礎の標準仕様はどうでしょう。ふた昔前の布基礎ではなくて、建物の外力・自重を均等に支えるベタ基礎がスタンダードになっています。もちろん鉄筋が十分配筋された重装備です。その上鋼管杭でも打設したら、もう鬼に金棒状態です。しかし、杭工事なる地業を含めたら小規模な住宅においては、工事費の15パーセントを超えてしまうなんてこともあります。何ともため息が出てしまう状況で、少々構造過多状態かもしれません。
~「木」の文化と建築におけるその役割について①~
20数年前、宮大工ではその名を知られた「西岡常一」氏を法隆寺の境内にある自宅を訪問したことがある。もちろん、人を介してであるが、その時西岡氏は自著「木のいのちきのこころ」の中で書かれているとおりのことを言っていた。その頃は薬師寺金堂・西塔再建の時期で、使う檜を台湾まで見に行った話しをして、柱となる檜1本1本の生育場所を見てその方向・位置に沿って柱の配り方を決めたというようなことを強調していた。それが鮮明に今でも私の記憶の中にある。何を根拠にそういっているのか今でも分からないが、たぶん、同じ種類の木でも適材適所の使われ方があるというようなことを言いたかったのではないかと思う。世間から一目置かれた宮大工の名棟梁が発する言葉は重みがあるということである。確か一緒に撮った写真があるはずだ。どこへいったか探すことにしよう。
寺社仏閣の柱は、檜や欅と相場が決まっているが、普通に建てられる木造建築も適材適所の木の種類の分担がある。同じ種類の木でも育った環境によって若干その性質が違う。この性質を見極めながら構造部材や下地材料の使い分けをしていくのも、一つの特徴といえる。視覚的な美しさはもちろん、見えないところにもこだわる技術を駆使するのが木造建築の妙技であったと考える。木に表情があるとすれば、それは木目と色合いでありそれに「木」(もく)自体の堅さや柔らかさで、見る人の構造的な力強さや視覚的な安らぎを感じさせる不思議な力がある材料といえるのではないだろうか。「木」は日本人の心に響くどこか訴えるものを持っている。
しかし、こんなことを逆手にとった住宅商法を見たことがある。「木」にクラシック音楽を聴かせて酒のように熟成させて木の能力・特性を増長させるというのだ?これこそ科学的根拠もない?(私の個人的な見解)もうここまで来てはもはやイメージ戦略といえない誘導フレーズである。
その「木」の特徴を1つ上げるとすれば、「比重の割に強度がある」ということである。つまり、軽いのに強度が得られ、曲げ応力・圧縮力・引張力・剪断力といったすべての応力に対応できる、重宝な構造材になるのである。また、「木」の主な性質・特徴は次のとおりである。①一般に広葉樹の方が針葉樹より比重が大きい。堅木という特性を生かし床材等の仕上げ材に向いている。②含水率30%以下では、含水率によって伸縮する。反面水分の行き来があり湿度の調整をする役割が果たせる。③四季がある日本で生育した木にはその成長とともに年輪ができるそのため木材の伸縮はそのできる繊維方向によって違いがある。そこで、その特性を把握しながら材料を選定、使い勝手を考えなければならない。④熱伝導率が低い。すなわち断断熱性がある。
一般的な木造建築で使われる木の種類を部位別に分類すると以下のとおりです。
<!--[if !supportLists]-->① <!--[endif]-->土台:米栂(防腐材を含浸したPG材といわれるもの)、檜、ヒバ、唐松、クリ
<!--[if !supportLists]-->② <!--[endif]-->柱:檜、杉、集成材(表面は檜の単板といわれるものを貼っているもの)
<!--[if !supportLists]-->③ <!--[endif]-->軸組梁材(桁・床梁・胴差・頭繋・小屋梁・妻梁):米松、集成梁
<!--[if !supportLists]-->④ <!--[endif]-->筋違:米松
<!--[if !supportLists]-->⑤ <!--[endif]-->大引、床束:米栂
<!--[if !supportLists]-->⑥ <!--[endif]-->根太:エゾ松、米松
<!--[if !supportLists]-->⑦ <!--[endif]-->母屋・棟木・小屋束:米栂
<!--[if !supportLists]-->⑧ <!--[endif]-->垂木:米松
<!--[if !supportLists]-->⑨ <!--[endif]-->野地板:構造用合板、杉
<!--[if !supportLists]-->⑩ <!--[endif]-->鼻隠し、破風板:杉、ラワン
<!--[if !supportLists]-->⑪ <!--[endif]-->間柱:杉
<!--[if !supportLists]-->⑫ <!--[endif]-->敷居:檜、化粧集成材
<!--[if !supportLists]-->⑬ <!--[endif]-->鴨居:杉、化粧集成材
何と読むのか分からないような文字が並ぶ木造建築物の部位に、こんな具合に適材適所的(強度・材料寸法・加工・価格・流通ルート等)にいろいろな木材使われています。
誰も気づかない現代の住まいづくりのフォーマット」その13
~「木」の文化と建築におけるその役割②~
屋根から鉛直方向(垂直方向)の荷重を受けるのが梁、柱と柱のあいだに架けられます。梁と同じ横架材(おうかざい)で梁とは直角方向に柱の頂部を繋ぐ(つなぐ)のが桁、軒先と平行していてここでも屋根荷重(かじゅう)の一部を受けます。屋根面、床面からの鉛直荷重はこれらの横架材から柱に伝えられ、さらに柱の根元の土台、基礎を通じて地盤面に達します。これが建物の構造の仕組みです。
建物にかかる荷重には、このような鉛直荷重のほかに地震や強風の時にかかる水平方向の荷重すなわち横揺れの力があります。これが木造建築の構造耐力計算の検討になるわけです。柱・梁・桁といった垂直材、横架材だけで構成される軸組は鉛直荷重に強いものの、水平荷重には弱い。垂直材、横架材の接合部、仕口(しくち)部分が曲げに弱いからです。そこで、筋違(すじかい)とか方杖(ほうづえ)といった斜め材を入れて、水平荷重に抵抗させます。さらに、垂直材、横架材、斜め材の仕口や継手(つぎて)部分に釘・ボルト・多種多様な金物を使って補強するのです。これが、建築基準法の構造仕様として義務付けられているのです。
主に垂直材や横架材だけで構成される在来工法には、1000年をこえての風雪に耐えてきた歴史があります。水平荷重に対してあらかじめある程度の変形を見込んで、粘りのある建物を目指していたのかもしれません。ある種「柔構造」的な発想です。柳のようにしなやかに対応する。現在の鋼構造(鉄骨構造)の考え方そのものです。金物はいずれ錆びて木材よりは寿命は短いわけでし、その代わりに仕口や継手を精巧に仕上げて水平荷重にも十分に耐えられるように工夫して知恵を絞ってきたのです。私が専門学校で専任の教員をしていた頃の研究テーマが「継手と仕口」でした。これが、在来軸組工法の最大の特徴です。
ここで短歌を一句
棟 梁 の 謡(うた) も 木 の 香 も 流 れ 来 る
矢 車 清 し き(すがしき) 棟 上 の 式
「継手」とは直線上につなぐ材木の接合部を指し、「仕口」とは直角上に交わる材木の接合部を言います。その種類は日本建築学会の構造用テキストに紹介されているものが約30種類程度あります。この仕口・継手を駆使しながら木造在来軸組の住宅を建てている棟梁はいません。そして、この技能を持った棟梁は数えるほどでしょう。「合理化」という名のもとに現代の住まいづくりは、非効率なものと判断された事象は「機械化」という波に飲み込まれていく運命をたどりました。その住宅建築における一番の例が、建てる前には下準備が当然家づくりの過程の中にもあるわけですが、まず材木に「墨付け」とういう作業をして、先ほどの継手や仕口などを施す「材木を刻む」作業工程があります。それを昔は大工・工務店の下小屋でやっていましたが、現在ではその工程を機械化して工場制作する「プレカット方式」(前もって刻む)といものが一般的に普及しています。「非効率」=「合理化」という側面だけでなく、熟練技能者の不足を補う手段として、最初は取り入れ始めましたがそれが一般化してしまったというのが現実かもしれません。逆にその技能を持った棟梁が差別化した家づくりを出来るということになります。そんな棟梁の晴れ舞台が、「上棟式」でもあるのです。
~住まいづくりの合理性と非合理性~
建物のもっとも高い位置に棟木が取り付けられる日を「上棟式」といいます。建築主と工事関係者は工事の安全と建物が安全・建て主の健康と繁栄を祈念する神事です。柱と同様昔の人たちはこの棟木に特別な意味を感じていたようです。伊勢神宮や出雲大社といった古い建築様式では、大地から直接棟木を支える棟持ち柱を設けています。ほかの柱とは独立した柱で外部からよく見えますので、お参りや見学した際確かめることができます。
最近はプレハブ住宅のメーカーでは「上棟式」なる神事を省略する傾向にありますが、日本人の心としては、非合理と思ってもやっておいた方が無難と思う人が大多数だと思います。ほかにも建物の間取りなんかも、和室に床の間、神棚、仏間といった具合に神仏に関わるスペースを設けています。このように住まいづくりには、合理性と一線を画す精神的な部分が見え隠れするのです。
私の仕事の領域の中にも、同様なことがあります。「家相」という日本で古くから住まいづくりの作法として扱われる分野がそれです。これは玄関や台所、便所など住まいの各所の方位を見て、そこに住む人の将来を占うもので、中国文化の影響が強いと言われています。「家相」は非科学的で迷信だと言って、私たち設計士は表向き触れないようにしています。しかし、私を含めて設計する人は「便所」の位置は家相において大凶と言われる鬼門の位置(北東)には絶対持ってこない事実があります。建てる側にしてもいざ新築するときには少ならず気にするようです。やってはいけない不吉をもたらすといわれて、それをあえてしようとする人は皆無です。
家相は部分的な事象の因果関係をつくことで、人びとの不安を掻き立てます。人びとがもっているはずの全体的な統合精神を解体してしまうのです。これは、悪く言うとマインドコントールに似ています。片や、部分的な事象に注目するという点では、科学性・合理性を説く近代の住居学にも共通するところですが、人びとが現代の住居学の教えに従って公私室型の間取りを優先し、キッチンやトイレを最新の機器で改善し、椅子座と呼ばれる生活スタイル」を取り入れることもその範疇と思います。
その結果、現代の住まいづくりのフォーマットは、住まいの全体像をどうまとめて注文したらよいのか迷う結果になってしまったのではないでしょうか。その証拠に建築には素人の住宅メーカーの営業マンに教えてもらわなければならない状態になっているのです。私が住宅の営業マンをしてみて、一番感じたことは、「住宅を売るには、住まいづくりの知識に精通する必要はない」ということです。自社の製品としての住宅の特徴・性能をアピールし、信頼できる人間性を醸し出し、コミュ二ケーションを第一に考えることです。顧客の信頼を得るためには、建築の話しばかりでは契約はとれません。
次回のコラムのテーマは私の住宅営業マンの経験をもとにした住まいづくりのポイントについてお話しすることにします。
「誰も気づかない現代の住まいづくりのフォーマット」その15
~エピローグ~
「住宅は生活するための機械である。」と言ったのは近代建築の巨匠ル・コルビジェです。機械は科学技術の粋を結集して組み立てられたもので、近代文明や産業社会を象徴しています。工場で生産される機械・製品はすべてにわたって合理化が追求されている。そして、私たち現代人が生活する住まいも科学性・合理性にもとづいてデザイン・設計されなければならないと言っています。まさに、現在の住宅の在り方、考え方そのものです。ル・コルビジェは預言者とは言わないまでも、今でいう先見の目がある有能なコピーライターであったわけです。
今現在の住まいづくりの主流は、自然エネルギー利用とりわけ太陽光発電システムやオール電化の家に代表される「省エネ」住宅です。人工的な製品を装備すればそれで「省エネ」になるのか甚だ疑問ですが、「省エネ」=「自然」という図式をコマーシャルベースで消費者に刷り込み、合理性ある住まいづくりの提供をし続けています。
しかし、いつの日か、また気づくことが来ます。住まいの「生活の原理」があることを・・・・・つまり、建物ができあがったからといって、直ちに快適な住まいができるわけではありません。それは、単なる構築物であるにすぎません。そこでの生活が積み重ねられてこそ、住まいは住み手にとってかけがいのない環境や空間になっていくのです。「たった一つの正しい住まい方や造り方」という幻想を人びとにお仕着せようとする、「現代の住まいづくりのフォーマット」に気づくことを願うばかりである。
結びに、多様な住まい方が許容されてしかるべき、現代の住宅が実は行政・業界の思惑の敷かれたレール上でしか、考えられていないことを痛感するのです。ここで現代の住まいづくりとは何か、あらためて考え直してもよい時期にきたなのではないでしょうか。
